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KING DEE 学習計画

〜知的思考と分析の技術 Critical Thinking & Analysis〜

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【変えたのは 熊ではなくて 人の方】
It’s not the bear we changed, but ourselves

2025/10/17

【知的思考と分析の技術:Topic4】
(Q:分析の技術 7〜8受講して感想を述べなさい。)

本講義を通じて、分析の基本7視点を体系的に学び、多様なフレームを得ることができた。

特に「ロジックツリー」「イッシュー・ツリー」は、複雑な現象を構造的に整理し、

“もれなく・ダブりなく(MECE)”原因を探るうえで非常に有効な手法だと感じた。

多くのフレームを得た中でも、因果構造を明確にできるこの手法に特に魅力を感じたため、

今回はその実践として、近年社会的にも深刻化している「熊による人間への襲撃問題」を題材に選んだ。




【問題設定】

ここ数年、日本各地で熊の人間襲撃事件が増加している。

ニュースでは「熊が凶暴化している」「異常気象が原因」といった断片的な説明が多いが、

実際には気候変動、森林管理の崩壊、人口減少など複数の要因が複雑に絡んでいる。

本質的には、「人と自然の関係性の構造変化」に根ざした問題ではないかと考えた。




【イッシュー・ツリー分析】

A. 自然・生態系の変化(熊側)

 A1. 餌資源の減少(凶作・気候変動)

 A2. 生息域の拡大(森林荒廃・温暖化)

 A3. 人間への慣れ・学習行動(ハビチュエーション)



B. 人間社会の変化(人側)

 B1. 森林・里山の管理放棄(過疎化・林業衰退)

 B2. 人間の不適切行動(餌付け・ゴミ)

 B3. 人口・土地利用の変化(二極化)

 B4. 情報と社会反応(恐怖拡散・排除)

 B5. 山地レジャー・観光行動の増加(人が熊域に侵入)



C. 構造的・共通要因(関係構造)

 C1. 生態系の断片化(開発・移動回廊断絶)

 C2. 管理システムの崩壊(行政・狩猟・連携不足)



 C3. 共生意識の欠如(人間中心・排除文化)) 【考察】

このツリーから見えてくるのは、「熊が変わった」のではなく、

「人間と熊の関係構造が変わった」という事実である。

つまり、熊の行動変化は“結果”であり、原因の多くは人間社会側の環境破壊・管理放棄・価値観の変化にある。

熊の襲撃増加は「自然との共存を怠った人間社会の鏡」と言える。

また、SNSや報道による過剰な情報発信が恐怖を増幅させ、

“対応ではなく排除”という反応を促している側面も無視できない。




【結論】

ロジック/イッシュー・ツリーを通して問題を分解すると、

表面的な「熊の凶暴化」ではなく、「人間中心の社会構造が生態系のバランスを崩している」という本質的課題が浮かび上がった。

講義で学んだ“構造思考”を活用することで、複雑な自然現象の背後にある因果の糸を冷静にたどることができた。

今後は「被害防止」だけでなく、「人と自然がどう共生できるか」を設計する発想が求められるだろう。

分析の技術は、このような社会的・生態的な問題にも適用可能な“思考の羅針盤”であると実感した。




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【共感を 設計できた 者が勝つ】
Those who design empathy winn?

2025/10/08

【知的思考と分析の技術:Topic3】
(Q:分析の技術 5〜6受講して感想を述べなさい。)

授業を聞いて、僕もディズニーランド vs スペースワールドのような成功と失敗の比較をしてみたくなりました。

今回は1990年代の家庭用ゲーム市場を代表する「PlayStation(初代)」と「SEGA SATURN」を分析対象とし、両者の明暗を「分析の技術」の7つの視点から考察します。




Ⅰ. 大きさ・全体像を考える

1994年、ソニーとセガはほぼ同時期に新世代ゲーム機を発売した。

PlayStation(以下PS)は世界で約1億台を販売し、SEGA SATURN(以下サターン)は約926万台にとどまった。

単なる販売台数の差ではなく、両社の構想規模・市場の見立て・顧客層設計に大きな違いがあった。

PSは「ゲーム=文化」「生活に溶け込むエンタメ」として広い市場を想定し、



サターンは「アーケードの延長」としてコアゲーマー中心の市場を狙った。 この時点で、PSは“全体を見た設計”、サターンは“部分を見た設計”となっていた。




Ⅱ. 分けて考える PSはハード開発・ソフト開発・販売戦略・ブランド設計を分けて最適化し、

特にサードパーティ(外部開発会社)に門戸を開く「開放構造」を採用した。

一方、サターンは内部技術を優先し、2CPU構成による複雑な開発環境が外部参入を妨げた。

結果として、PSでは多様なジャンル(RPG・音楽・格闘・恋愛)が同時展開されたのに対し、

サターンは格闘・シミュレーション・ギャルゲーなど限られた層の支持に留まった。

「分け方」の精度が、構造の柔軟性と市場拡張力を決定づけた。




Ⅲ. 比較して考える

PSは“感情価値”を中心に訴求し、

デザイン性・音楽性・映像表現・操作性を統合した「文化的商品」であった。

サターンは“技術価値”を中心に訴求し、

アーケードの高性能移植やRAM拡張など機能主義的価値を重視した。

つまり、PSが「人間の感覚」を基軸に設計されたのに対し、

サターンは「機械の性能」を基軸に設計された。

この思想の差が、共感されるブランドと理解されにくいブランドを分けた。




Ⅳ. 時系列・変化を考える

発売当初、販売実績ではサターンが先行していた。

しかし1996年、スクウェアが『ファイナルファンタジーVII』をPSで発表したことが転機となる。

このソフトの登場で流れが一変し、RPGブームがPSを牽引した。

さらに、PSは価格を4年で39,800円から大幅に下げ、

本体の普及とソフトの循環販売を加速させた。

一方、サターンは値下げこそ行ったものの、後継機「ドリームキャスト」の開発へ移行し、

ブランド継続が断たれた。

柔軟に市場変化へ対応できたかどうかが、時間軸上の最大の分岐点であった。




Ⅴ. 過程・プロセスを考える

PSの成功は、明確なプロセスに裏付けられている。

1,「体験価値」を定義し

2, 「ソフト供給体制」を整備し

3,「価格普及」を実行し

4,「ブランド文化」を形成した。




一方、サターンは

1, 「技術開発」を優先し

2,「市場との接続」が弱く

3,「ユーザー体験」を後回しにした。

プロセス全体の連動が、成果の再現性を左右したといえる。




Ⅵ. バラツキを考える

PSは全世界で統一された販売戦略・デザイン・ソフトラインナップを持ち、

どの地域でも同じ体験を提供できた。

一方、サターンは地域ごとに販売方針や仕様が異なり、

欧米では浸透できず、日本国内専用機のような立ち位置になった。

市場間のバラツキを抑えたPSは“世界共通ブランド”に成長し、

サターンは“地域限定ブランド”として縮小していった。




Ⅶ. ツリーで考える

添付します。




結論

両者の明暗を分けたのは、技術力でも資金力でもなく、構想のスケールと人間理解の深さであった。

PlayStationは「ゲームを文化」に昇華させ、SEGA SATURNは「技術の限界」で終わった。

今回の比較から導かれる教訓は、

成功とは“人の心を中心に設計された構造”であり、失敗とは“技術を中心に組み立てられた構造”であるということだ。

PlayStationは「共感設計」の象徴であった。

ゲームを単なる技術製品ではなく、文化や感情を共有する場として再定義した。

一方のSEGA SATURNは、優れた技術を持ちながらも「伝わる構造」に欠けていた。

ここには、技術が正しくても、心に届かなければ市場は動かないという普遍的な教訓がある。

ただし、逆の事例も存在する。

AppleのiPhoneのように、卓越した技術そのものが人々の共感を生むケースもある。

つまり、成功の本質は「人か技術か」ではなく、

どちらを中心に据えても矛盾のない構造を築けたかどうかにあるのだ。

この分析を通じて、僕はモノづくりや経営においても、

「正しさ」と「共感」を対立させるのではなく、両者を結ぶ構想力と設計思想こそが重要であると学んだ。

そのバランスをどう取るか、そこにこれからの時代の成功の鍵があると感じた。




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【偶然は 必然なりて 道を成す】
Chance becomes fate, and makes the way
How ought one to live as a human?

2025/10/01

【知的思考と分析の技術:Topic2】
(Q:講義知的思考 1〜4受講して感想を述べなさい。)

僕の得意な型はなんなのだろう。

ふと自分に問いかけてみました。

何万分の一の確率であったとしても、「当たるか?」「当たらないか?」

と白黒をつけたがるギャンブル気質の2元論的な僕なのか。

それとも、ビックリマンの正義・悪魔・お守りのように三すくみで構築し、

物事を単なる対立ではなく関係性の中で捉えたがる3元論的な僕なのか。

あるいは、アイスクリームの課題が出たときに、真っ先に「でんぷんのりのチューブに

入れたシャインマスカット味の半溶けアイス」を思いつくような、アブダクション型の僕なのか。

講義の内容があまりにも豊富で、情報が押し寄せるあまり、かえって「自分は何者なのか」が分からなくなる瞬間があります。

けれど振り返れば、僕は“たまたま”に愛されてきたのだと思います。

たまたま出会った人。

たまたま目にした光景。

たまたま閃いた発想。

それらの積み重ねが、人生や仕事の糧となり、生計を立てる力になってきました。

しかし、大袈裟に言えば、その“たまたま”は決して偶然ではありません。

だって、""我思う、ゆえに我あり""ですものね。

したがって、直感や選択の積み重ねが呼び込んだ、必然なのだと思います。

だからこそ、僕はこの“たまたま”を、人にわかりやすく、具現的に説明できるようになりたい。

それが自分の型を知ることにつながり、そしてまた新しい“たまたま”を引き寄せる力になるのではないでしょうか。

それこそが我が人生最大の課題、すなわち「再現性の構築」なのかもしれない。

今はそう考えています。




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【楽しさに 迷うも最後は 道しるべ】Lost in fun, yet guided in the end
How ought one to live as a human?

2025/10/01

【知的思考と分析の技術:Topic1】
(Q:オリエンテーションを受講して感想を述べなさい。)

解決のために始めた思考や作業が、気づけば楽しさに夢中になってしまい、

本来の目的を見失うことがよくあります。

先日の授業のインタビュー課題でも、本来は自分の求める回答を得なければならなかったのに、

会話が楽しくなりすぎてしまい、相手の話したい内容を引き出すことに集中してしまいました。

結果として視点の広がりや新しい見解は得られたものの、本来の目的を果たせなかったのです。

その課題で先生からのご指摘を受けてからは、「物事のブックマーク」を

意識するようにしています。 寄り道をしても最後に戻る場所を設定することで、楽しさに流されすぎないよう工夫しています。

遠回りばかりしてきた私の人生ですが、この講義を通じてこそ、

しっかりと“王道”を歩みたいと感じています。

もともととても楽しみにしていた講義のひとつですので、

ここでは流されることなく、かっちりと学びを積み上げていきたいと思います。




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